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2010.06.14

[大学]大学の規模

 ワールドカップ(サッカー)を見始めたのは1982年の大会だった(ブラジルの4人とプラティニのとき、あるいはロッシのとき)。始まると、思わず「少しだけ」とか言いながら見てしまう(スケジュール満載なので、NBAファイナルも見ていないのに)。
 イングランドvsブラジルの再放送(?)を少し見ていて、わたしが働いている大学が法人化されて少したったときにあった、どこかの銀行に大学本部が委託した分析の結果を、割当動員で集められた教員が大きな講義室で聞く集まりを思い出した。その中に、横軸に大学の教員数、縦軸に教員一人当たりの年間論文数をとったグラフがあった。左寄りの教員数の少ないところは縦に大きく点がちらばり、右の大きな大学では次第に縦方向のちらばりは減っていた。まあ、ポアソン過程かそれプラスいくらかのoverdispersionと考えれば、いかにも起こりそうである。銀行の人は、教員数の少ない大学の中の教員あたり論文数の多いところと比べて、わたしが働いている大学はだめ、みたいなことを言っていた。すると(少なくとも日本の)大規模な大学はすべてだめということになるし、ランダムなばらつきを先験的に無視した(そもそも考慮している気配も見せない)姿勢は(不吉な意味で)明快でさえあった。そのグラフには、もう1つ際立った傾向があった:教員数の大きな大学ほど教員あたりの論文数が多かった。銀行の人はその傾向については何も言わなかった。教員からの質問や意見を受ける場でもなかった。「説明変数に研究費入れるとこの傾向は消えるのかな」など考えたのをおぼえている。
 なぜ連想したのだろう。強いとされる国の代表チームが数試合だと勝ちまくるとは限らないといった姿からの連想かもしれない。

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