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2007.11.06

[その他]西南戦争

 西南戦争(以前は、西南の役ということが多かったと思う)といえば、西郷隆盛と鹿児島、戦場としては熊本城包囲と田原坂の戦いが、最後は鹿児島の城山というのが有名なので、薩軍(西郷隆盛らを薩軍、明治政府側を政府軍とここでは言うことにする)は北上して熊本城を包囲し、その北方での政府軍の南下をくいとめられず、まただいたい元のコースを鹿児島にもどったような印象がある(人も多いと思う)が、実際には熊本南部の人吉や宮崎県にいた時間が長い。
 鹿児島出発は2月15日、熊本城攻撃は2月22日ころからで、4月21日から27日にかけて人吉へ移動しているから、約2ヶ月熊本城付近にいたことになる。西郷らが鹿児島に戻るのが9月1日、西南戦争自体が終わるのは9月24日だから、4ヶ月あまりは熊本城付近から撤退して鹿児島には帰らずあちこちにいたことになる。
 熊本城から人吉への移動はいまのJRや九州道あるいは球磨川沿いではなく、宮崎県をかすめる(五ヶ瀬町、椎葉村など通過)ような九州山地の中心部を通っている。これは、3月19日に政府軍の別働隊が熊本県南部に上陸して、南北からはさみうちになったためである。なお、人吉に移動している4月23日に鹿児島は政府軍に占領される。西南戦争は、鹿児島陥落前が約2ヶ月であるのに対して、鹿児島陥落後も5ヶ月ほど続くわけである。
 その後、6月1日には人吉も陥落し、宮崎県に移動し、8月17日に延岡北方の可愛岳付近で政府軍に包囲されるから、宮崎県にいた時期はかなり長い。ここで部隊を解散し、約60名で九州山地を、政府軍占領下の鹿児島に戻る(9月1日着)。
 項羽の二十八騎と”我何の面目あって之に見えん”を連想して、ちがいを感じる人も少なくないだろう。(項羽は軍勢を率いていったんは当時の天下を支配したのだからもちろんだいぶちがうが)

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コメント

はじめまして。
先ずは自己紹介をさせて頂きます。
西郷隆盛について研究している者で稲垣秀哉といいます。
司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を読んで、西南戦争および征韓論破裂に興味を持ち、西郷隆盛についての研究に取り組むようになりました。
一昨年夏に幕末の西郷隆盛の討幕活動についての研究を史伝形式でまとめた『(新)西郷南洲伝(上)』を鹿児島の出版社高城書房より出版いたしました。特に西郷隆盛の思想と実証性に重点を置いた史伝です。
この作品はもちろん、征韓論争と西南戦争における西郷隆盛の真の意図と歴史的意義を解明するために取り組んだ作品で、ようやく『征韓論政変』編および『西南戦争』編の執筆を終え、近日下巻を出版する予定です。これは司馬氏の『翔ぶが如く』に対する長年の疑問に答える内容で、おそらくこれまで謎とされてきた西郷隆盛像、征韓論政変および西南戦争観を覆す内容になるのではと手前味噌ながらも思っています。
一度是非お読みいただければと思います。

投稿: 稲垣秀哉 | 2008.02.20 17:21

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