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2005.06.19

[統計]計算してみる

 1980年代になったかならないころ、パソコンとしてはまだPC-8801も出回ってはいなかったころの話である。ノンパラメトリック検定があまりポピュラーではなく、Mann-WhitneyのU検定をしたら上級生に、変わった検定をするわけを聞かれたのも、この頃だった。
 自分の研究のうえで、カーブに対して、ある点を通る接線を引き、その接点の座標を求めなければいけないことになった。1つ求めればいいのなら、しゃかしゃかと手計算でもできたのだが、いろいろな点について求めなければいけなかった。当時、私が大学院生で所属していた研究室の助手Tさんが研究費(たしか科研費)で購入したパソコンを使わせてもらって計算した。メモリーが数10キロバイト(確かはじめは16キロバイトだったと思う)、プログラム言語はBASIC(しかも構造化はほとんどなく行番号付きーQuickBASICだのMS-BASICだのとはまったく別言語と思ったほうがいいだろう)とアセンブラ(Z80)だった。Tさんの部屋に、出力用紙が山のように出た(夜に走らせて帰ったら、大量に出力されてしまった)など迷惑もたくさんかけてしまった。しばらくしてフロッピードライブが付いた(本体よりも高かった)ときは、なんと便利なものが、と驚いた。
 このコンピューターは、計算してしまえば結構わかるもんだ、という観念を私に植え付けた。私はその研究室に5年半いて(もっといるだろうとずっと思っていたーもっとも5年半の最後の約半年は別の大学の研究室に週に何回か行っていた)、別の大学の助手に就職して移ったのだが、就職先の寒い大学で(ここで50cm以上の積雪を経験)、よく教科書に載っている統計的な検定はその通りになるのか、生態学ではよく出会うがどうも教科書にあるような仮定を満たしていない場合など、次々計算してみた。就職してしばらく(とくに10月から行ったので最初の半年)は研究費も個人的にも金欠(これほどの金欠はその後は一回しかない)で、別の研究室のKb教授がパソコンを使わせてくれたのは本当に助かった(好意に甘えてその後もお世話になってしまった)。このころにはパソコンはおもにNECのPC-98シリーズになっていた(”国民機”とか言われていたと思う)。この頃、疑問に思ったことの中にはまだ解決できていないものがいくつかある。乱数発生のルーチンの大切さを思い知らされたのもこの頃(1980年代なかば)だった。

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