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2005.04.25

[本]源平合戦付近

 大河ドラマが義経のせいか、平安時代末から鎌倉時代のごくはじめくらいの歴史書がいくつも出ている。元木泰雄「保元・平治の乱を読みなおす」(日本放送出版協会)、保立道久「義経の登場」(日本放送出版協会)、板坂耀子「平家物語」(中公新書)など読んだ。「義経の登場」で、平泉に姫宮がいたのを知った。
 平安時代末の”乱”で軍隊が動く範囲は、治承の乱を除けば京都付近のわりと狭い場所である。治承の乱でも、動く距離は大きいが軍勢の動きはわりあいにシンプルである。
 これにくらべると太平記の軍勢の動きは大きくしかも複雑だ。関東での北条氏のなごりの反乱(中先代の乱)に対して京都から出動した足利尊氏らの軍勢は、関東で自立し京都へ向かう。そして、箱根付近で、京都から来る討伐部隊を破って西上する。この足利尊氏らを、中山道方面からの討伐部隊別働隊と東北からの部隊が追いかけて西上する。足利尊氏らの軍勢は、京都付近で勝ったりもするが結局負けて九州へむかう。小勢で九州に着くが、今の九大付近で勝って、京都方面に攻め上る。神戸付近に上陸する足利尊氏らを、京都からの迎撃部隊が迎えうって負けるのが、楠木正成(京都からの迎撃部隊の隊長のひとり、長いこと朝敵[天皇の敵と宣言された人]だった)が死んだ湊川の合戦、というわけだ。そして、このあともまだまだ戦争は続く。

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